COLUMNコラム

猫、鶏、蜂

  • 決算アウトソーシング

2021.10.06

CFOオフィス事業部 営業部 小池 勇輝

コロナ禍の自粛要請が続いております。
イベントの中止や飲食店の時短、ステイホームで日々を退屈に感じてしまっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

私の実家は猫を飼っているのですが、生まれて彼はずっとステイホーム
毎日同じように過ごしていて退屈を感じないのかと疑問に思うことがあります。
(キャットタワーを用意したり、たまに追い回してみたり(ごめんよ)退屈しない工夫はしています。)

実存主義哲学の巨人、ハイデガーによると、退屈することができるのは人間に固有の能力だといいます。

ハイデガーは退屈を3類型に分けました。

細かく説明するときりがないのでざっくりと。
① 電車が来るのを待つ間に感じる退屈
② 楽しいパーティに参加したあと帰宅して気付く、退屈
③ なんとなく退屈

①は何かに退屈させられている状態
②は何かに際して退屈してしまっている状態
③は最も深い退屈で、きっかけも直接の理由もないようです。
①から③にかけて退屈の深度は深くなります。

前回のコラム(一瞬って何秒?|コラム|連結決算アウトソーシングの株式会社フィエルテ (fiertecorp.com))で生き物によって時間感覚が異なることを紹介しました。
それを発見したのと同じ生物学者(ヤーコプ・フォン・ユクスキュル)の研究により得られた成果として、人間には目的をもっているように見える生物の行為が実は決まったパターンの反応をしているだけに過ぎないという事例がいくつか紹介されています。

たとえば、雌鶏(親)のヒナ(子ども)の片足を地面につないでピヨピヨ鳴かせるとそれを見た雌鶏は狂ったように暴れるのですが、ヒナをドーム状のガラスに閉じ込めて鳴き声が雌鶏に聞こえないようにセッティングすると、ヒナが閉じ込められているのが見えているのにも関わらず、雌鶏は何も反応を示しません。
人間からは雌鶏がヒナを助ける「目的」をもって行動しているように見えますが、実際は鳴き声に反応するプログラムが作動するよう「設計」されているのだと整理されています。

ハイデガーにいわせれば、多くの生物は与えられたパターン(蜂であれば蜜を運ぶ)の中で絶えず動いているので退屈することはありません
ところが人間はあらゆるパターンの中に縛られている生物に対して、自由をゆるされているため深い退屈③を感じることがあるといいます
(むしろ退屈によって自由の存在に気付くことができる。)

人間、ときにはパターンを発見して、働き蜂のように効率よく目の前の仕事に対応していくことが必要です。
しかし5年も10年も同じような作業の繰り返しではなんとなく退屈になってくることでしょう。

経理業務にはできれば手放したい定型業務がある一方で、頭を悩ませる例外処理や分析・管理などの高度な業務に並行して対処しなければなりません。

フィエルテでは、複雑化した経理業務を抱える担当者様が、会社の成長にとって本当に取り組むべき業務に注力できるようサポートしております。
「退屈なルーティン業務に手を煩わせている」、「むしろ退屈にさせてくれ」など些細なことでも要望がございましたら、是非お聞かせください。

追伸
私個人は猫(少なくとも「我が家の猫」)がプログラムで動いているとは信じていません。

【参考】
ヤーコプ・フォン・ユクスキュル.『生物から見た世界』
國分功一郎.『暇と退屈の倫理学』

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